フライフィッシング的本棚(3)

等身大の釣りをひたすら描きつづけた画家の画文集
『ぶらりフィッシング』
吉野晁生/1977年/産報出版


角 敬裕(古書売買業)× 倉茂 学(渡渉舎)


 倉茂 さて、「フライフィッシング的本棚」の三回目は吉野晁生(よしの・あさお)さんの『ぶらりフィッシング』です。この本は月刊『フィッシング』に連載されていた記事をまとめたものですね。1977年発行とあるけれど、80年以降もずっと連載が続いていたように覚えています。この人の淡々とした文章と味わい深い絵は、連載当時楽しみでした。

  関東周辺のヤマベやウミタナゴといった誰にでもできる釣りを紹介し続けてきましたね。あくまで読者と同じ目線で釣りを楽しんでいることが伝わってきます。久しぶりに読み返してみたのですが、むずかしいことをやってやろうとか、妙な自己顕示欲などみじんも感じられないところが今も新鮮です。

 倉茂 釣れなかったときや失敗したことを、ありのままに書いている。「ふと、ウキを見るとない。電気ウキではないので、もう見えなくなったものと竿を立てると、ブルブルググッと絞め込まれた」とか、「今日はアブレか、いや、今日もアブレか」とか(笑)。ボートが転覆して海に落ちたとか、一日さんざん釣れないで夕方やっと釣れ始めたと思ったら日が暮れてしまったとか。かといって自分を卑下するわけでもなく、等身大の文章を書きつづけている。釣りが持つ気楽な楽しさが伝わってきますね。そんなにおおげさな準備をしなくても、自分でもできるんじゃないかって思えてくるんです。アユのエサ釣りとか、防波堤でのウミタナゴとか、自分がやったことがない釣りのことが書かれていると、やってみようかなと思う。

  この人はホントに釣りがヘタなんじゃないの? と思わせるようなところがある(笑)。自分と一緒だ、とか。そんなわけはないんですけどね。ふつうボケのあとには爆釣の話が待っているんですけど、そのままおわる(笑)。「道を極める」とか、教えてやるみたいな匂いがまったくない。商業主義もまったく感じません。
 吉野さんは昭和4年(1929年)生まれですか。もう少し前の世代の方になると、戦争との距離感がちがうだろうから、ハヤ釣りをしながら向こう岸に死の影を見たりしかねないんですけど…。この世代の方が、美術学校を出て、「釣り」と「ドライブ」をテーマにして絵と文でやっていこうと決めて延々とやりつづけた、そのことがすごい。その浮世離れした感じが本にも出ていて心地いい。絵と文はおだやかな雰囲気ですが、しかしこの人は相当に頑固な人ではないかと思います。

 倉茂 ひたすら同じ視線で見ていますものね。ブレがない。この年代の美術畑の人は、万博や、車の展示会や、百貨店などの商業施設のディスプレイ・デザインとか、いくらでも仕事があったと思うのですが、吉野さんは自分の世界に忠実でありつづけたんですね。
 子どもの頃に『ぶらりフィッシング』を読んででかけた釣り場がいくつもあります。このページの神奈川県の大井松田の川音川なんて懐かしいな。釣り場ガイドをなんども読んで妄想をふくらませて釣り場に行くと、当然、現実の釣り場とはおおきな落差がありますよね。この本にしてもそうなんだけれど、吉野さんはこの川や魚をああいうふうに見ていたんだな、ということを子ども心にも感じて面白かった。で、その落差のなかに現実味とか、自分なりの世界観を持つきっかけとかがある。話はズレるけれど、子どもにとって釣りは、世界とのかかわり方をつくっていく手段としては、なかなか得難いものがありますよね。

  私は九州育ちだから、関東周辺の釣り場を中心に紹介している『ぶらりフィッシング』を釣り場ガイドとしては見ていませんでした。その頃の『フィッシング』って、遠征した話をきれいな写真で記事にしていたり、あまりに格調高く感じられて、子どもには手が出しにくかったんです。ちなみに『釣り春秋』とか『西日本の釣り』などの地元誌をよく読んでました。で、よさそうな釣り場がでていると、自転車で行ける範囲でコイ、フナ、ハヤ、防波堤の小物釣りとかに行っていました。自転車でと言っても12段変速のロードエースだったから、100キロくらいが射程距離内なんですけどね(笑)。

 倉茂 吉野さんはずっとシトロエンに乗って釣りに行っていますね。はじめは2CVで、のちにBXらしきモデルに乗っています。

  この『ぶらりフィッシング』より10年前に『くいしんぼドライブ旅行』(観光展望社/1967年)という本を出していて、2CVで関東周辺をドライブしてうまいもの食べてきたというレポートをしています。日本のモータリゼーションが庶民に浸透して盛り上がってきた頃ですね。これを読むと、当時は国道をはずれるとジャリ道のところが多かったことがわかります。遊び道具を積んで、石畳を抜け、高速道路に乗って、ジャリ道を突っ切ってバカンスに向かうことを考慮された車である2CVが、またこの人の雰囲気にぴったりですね。

(2005年9月/東京・荻窪にて)


■『ぶらりフィッシング』より

■『ドライブ・フィッシング』(1981年/アテネ書房)『ぶらりフィッシング』の続編といえる本。正方形に近い判型がのんびりした雰囲気を助長していい。同じく『フィッシング』誌に連載の「ぶらりフィッシング」をまとめたもの。いずれも画集としても楽しめる。

■『くいしんぼドライブ旅行』(1967年/観光展望社)上記二冊とは絵のタッチが若干ことなる。裏表紙にはシトロエン2CVの小さな絵が。

はじめのページ

■フライフィッシング的本棚
1)セーヌの釣りびとヨナス
2)釣りひとり
3)ぶらりフィッシング
4)誰も書かなかったメキシコ
5)タナゴの釣り方
6)淡水大魚釣り
7)道東の釣り/きたの釣り
8)水生昆虫アルバム