フライフィッシング的本棚(8)

読む者が自由に夢をふくらませることができる一冊
『水生昆虫アルバム』
島崎憲司郎/1997年/フライの雑誌社


ゲスト=古川広道(ジュエリーデザイナー)


 フライタイヤーの島崎憲司郎さんは、『水生昆虫アルバム』で、さまざまな新しい概念と新語を使って「水生昆虫と魚とフライフィッシングの関係」を読み解き、世界中のフライフィッシャーマンが共有できる土台を作り出した。それはみんなの宝となり、刊行から10年以上たったいまも、若い世代にも読み継がれ、新鮮な驚きをもたらし続けている。今回は、この本が持つ魅力ついて、古川広道さんと中島佑介さんのお二人に語っていただいた(中島さんは左の欄)。

 古川 今日、お話しをする前にもう一度『水生昆虫アルバム』を見ておこうかと思ったんですが、あえて見ないでおきました。それでいまなにが印象に残っているかというと、本のなかほどにある一枚の川の写真なんです。その写真を見るたびに、子どもの頃に遊んだ川の苔むしたような匂いとか、春の風の感じなどの記憶が甦ってくるのです。この本で島崎さんは、フライフィッシングの立場から見て水生昆虫がどんなハッチの仕方をしているのかとか、あくまで科学的な立場で観察をしていますが、そこにどこか詩的なところもあって、川や水生昆虫が持っている「雰囲気」の部分もうまくとらえている感じがする。だから、その写真が私の記憶を刺激するんだと思います。

 あるときはフライタイヤー、あるときは釣り人、あるときは水辺を散歩している人など、島崎さんはいろいろな視線で自然のさまざまな断面を描いています。それがまとめられたこの本自体が、ひとつの川のような存在になっている。それは、本というメディアにまとまったからこそ感じられるのでしょう。

↑ミドリカワゲラのページより。

 島崎さんは、主に地元の渡良瀬川での記憶や観察をもとにこの本を書いているけれど、それが普遍的なものになって、読む者にイメージをふくらませる自由を与えています。自分の記憶がいっそうふくらんで、いまあの川でこんなことが起こっているかもしれない、今度の週末に行く川でこんなことが起こっているかもしれない、と夢を見させてくれるんです。しかも、島崎さんならいくらでも出すことができると思われるのに、フライの実例をほとんど出していないから、読む者は自分のイメージのなかで好きにフライを巻くことができます。

 結果報告型の本は追体験や賞賛を要求しますが、この本はそれぞれの創造をうながします。イメージ遊びをする場を提供しているのです。二次元での話なんだけど、それが呼び水になって生まれたイメージが、三次元のフライタイイングの時間にふくらんで、さらに四次元の世界に昇華していくような気分になれる。こういう遊びをさせてくれるものが、本来アートと言うんじゃないでしょうか。
 よくできた絵本など、空想から出発した仕事が現実の世界にいい影響を与えることがあるけれど、この本はあくまで実際の経験や観察をベースにしている。リアルな世界を描いているのに、リアルじゃない世界にも連れて行ってくれるのです。でも、そうして客観をつらぬこうとしているのに、副題が「A FLYFISHER'S VIEW」というところがまたニクイですね(笑)。

 島崎さんは、膨大な量の記憶や知識を背景にして、ふつうでは考えられないような力を出してこの本を作ったんだと思う。気迫が伝わってきます。そのがむしゃらな感じと、つきぬけた感じが混然としている。でも、苦労してこねくりまわした感じはない。そうして個を出発点にしながらも、センチメンタルに陥らず、開いている。作品なんだけれど、作品然としていない。いいものというのは、必ず作者から離れていくんです。もしもこの本に「これどうや」みたいなところがあったら、そうはならないと思う。
 私はこの本を通じて島崎さんの精神に触れることもできた気がしますが、でも、渡良瀬川に行きたいとは思わない。自分が好きないつもの川に行きたいと思うんです。この世界のなかで、それぞれの川にくっきりと立っているような、清々しい気分になったのです。

↑ウスバヒメガガンボのハッチ・マンダラ。

 本に収録された写真は、すべてフィルムで撮影したそうですが、だからこその力が宿っている気がします。感度の限界ぎりぎりで、それまで見えていなかった世界を見ようとしているのが伝わってくる。これをデジタルで撮影したら、はるかにくっきりと、森や川の暗がりでさえも、鮮明に写るでしょうが、奥行きが出にくく、手技の力はあまり伝わってこないと思う。この先、こういった空気感を持った本は二度と出てこないかもしれませんね。
 
 島崎さんのオリジナルフライで私が好きなのは、「PSN(ピカイチ・シンプル・ニンフ)」とか「アグリーニンフ」などのシンプルなフライです。『水生昆虫アルバム』に収録されているイラストを見ると、魚や水生昆虫や川の流れがじつにいきいきしていて、島崎さんが観察に長けていることがわかります。そういう人が巻くから、シンプルなフライも面白くなるんだと思う。それらのフライは、『水生昆虫アルバム』が持つ空気感にもフィットしている。この本はふだんの川で起こっていることの話だから、そういうふだん使いのフライが合うんでしょうね。実際によく釣れるフライですが、これを使えば点とれるぞみたいな汗くさい体育会系のフライとはちがって、軽やかで粋な感じがあります。

 島崎さんのフライで、約2億年前のジュラ紀の巨大水生昆虫をイメージしたという「ジュラシック・フライズ」とか、ヌカエビのイミテーションフライ「ホローボディ・シュリンプ」などもよくできているんだけれど、スゴイとは思っても、自分の釣りのイメージはそんなにふくらんでいかない。そちらのスーパーリアリズムの世界でも島崎さんは別格ですけれどね。ずばぬけたデッサン力を使って巧妙な省略やデフォルメがなされていて、しかも、キャスティング中や水面に浮いているときや、フォーリング中のフライの姿勢とか、実際に使ったときの機能まで考えられていたり、半端じゃない。でも、そういうフライもあっていいと思うけれど、私は遊びの部分もほしいんです。精巧なラジコン飛行機も素晴らしいですが、軽やかなゴム飛行機のようなフライもデザインしてほしい。空に飛ばした瞬間、『水生昆虫アルバム』を読んだときのように、いろいろな記憶が甦って、夢を見れるようなね。

 夢を見るというのは、これから起こりうることをイメージすることです。その楽しさを生むものを「趣きがある」と言っていいと思う。なかでも、懐かしい記憶に触れながらイメージをふくらませて夢を見れるフライフィッシングのような遊びは、なんとも言えない趣きがありますね。
 最近、家具や食器などのデザインやアニメーションなどの世界でも、そういう趣きを出そうとする人たちがいます。なにか、時代が『水生昆虫アルバム』やフライフィッシングに接近してきているような気がします。

(2008年2月2日/東京・中目黒にて)


■『水生昆虫アルバム』第2版。初版と第2版はハードカバー仕様。この本の科学的なところと詩的なところを一枚で端的に表している写真がカバーに選ばれている。カバーは耐久性を考慮して天地が内側に折り込まれ、そこにこの本の主役である水生昆虫の写真が配置されている(袖をさらにめくると出てくる)。また、本表紙と見返しには、水の流れを暗示するために波の模様の用紙が使われている。

■2005年に発行された新装版は廉価な並製本となり、カバー写真はやや説明的な合成写真に変更された。



『水生昆虫アルバム』より。

■島崎さんは『水生昆虫アルバム』のなかで数々の独創をなしとげた。たとえば、水生昆虫の羽化方法を「ハッチ・コード」という新しい概念で分類したり、水生昆虫が羽化するときに体の表面などに生じる気泡を「イマージング・ガス」という新語で言い表したり、「水面と昆虫の絡み方」を「BFコード(Basic Floatation Code)」というこれも新語で解釈し直している。
 そして、これらの新語と新しい概念を駆使して、23種の水生昆虫が羽化する様子を、見た瞬間に川のなかでなにが起こっているのかがわかる「ハッチ・マンダラ」というイラストレーションで表現した。

 島崎さんはまた、この本の前書きで「花形アイドル歌手ではなくて場末のクラブ歌手を目指したいと言った渚ようこに僕は拍手したい。「おじさんが『フライの雑誌』に描くのもそれと同じなんだよ」と」と啖呵を切り、それは全国の中高年フライフィッシャーの心を鷲掴みにしたと思われる。



『フライの雑誌』第48号より。

ジュラシック・フライズ──1999年、アメリカで開催された「Art and the trout fly」という展覧会用に巻いたという島崎さんのオリジナル巨大フライ。『フライの雑誌』第48号の「巨大フライのファンタジー」で詳細が解説されている。たとえば「ジュラシック・ドレイク」はテールをふくめた全長が22センチというスケールにもかかわらず、フライ的な生命感があり、また実際に使えるようにデザインされていて、当時のアメリカのタイヤーに見られたスーパーリアリズムの手法によるフライ(島崎さん曰く「生きている感じが全〜然しない」)とは一線を画していた。



『d/SIGN』第12号より。

■島崎さんの独創性は、フライデザインのお隣(?)のグラフィックデザインの世界でも注目されているようで、語り手として何度か招かれている。2006年の『d/SIGN』誌第12号の「水面下の心理へ...期待と予測のデザイン」では、生物の擬態に触れ、ただソックリに真似しているのではなく、「巧妙な強調と編集が入っている」ことを指摘している。また、島崎さんのオリジナルフライ「アグリーニンフ」について、「具体的な生き物を写実的に模すというのではなくて、もっと本質的な部分をズバリと突くために特徴をわざとボカしている」と説明している。「フライデザイン」と「フライアレンジ」のちがいに言及している。

(渡渉舎/倉茂)

はじめのページ

フライフィッシング的本棚
1)『セーヌの釣りびとヨナス
2)『釣りひとり
3)『ぶらりフィッシング
4)『誰も書かなかったメキシコ
5)『タナゴの釣り方
6)『淡水大魚/全
7)『道東の釣り』『きたの釣り
















■長く楽しめそうな助言集

中島佑介(書店経営)

 私が初めてフライフィッシングを経験したのは、昨年三月の鱒釣り場だった。連れて行ってくれた友人が教えてくれたとおりにやっていると、グッと手応えを感じ、とまどいながらラインをたぐると、自分のフライにニジマスがかかっていた。それまで、フライがいっぱいつまったフライボックスや竿やリール、フライを乾かす道具などを見せてもらったり、北海道に行った話を聞いたり、映画の『リバー・ランズ・スルー・イット』を見て、自分なりにフライフィッシングのイメージをふくらませてはいた。それが一瞬にしてリアルなものになった。

 それは、それまでほとんど釣りをしたことがなかった私にとって、フライで魚が釣れる不可思議さがいっそう増した瞬間でもあった。なぜフライで魚が釣れるのだろうか。魚はフライをエサとしてくわえる、ということはわかっていても、しかしそこでどのような現象が起こっているのか、わからない。その疑問にヒントを与えてくれたのが『水生昆虫アルバム』だった。魚がフライをくわえるまでに、水の中でなにが起こっているのか、客観的な観察から得た事例をもとに解説されている。まるで、長年フライフィッシングに接してきた大先輩からの助言集のようだった。


『水生昆虫アルバム』第2版の袖部分。

 いい本は、モノとして魅力があり、好きなときにいつでも手にすることができる自由があり、自分の興味や感覚、知識を広げてくれる刺激を持っている。この本は、フライフィッシングにのめりこんでしまった者という立場を差し引いて、本屋としての視点から見ても惹かれる。抑揚があるページ構成、美しい写真、どこのページから開いても受け入れてくれる寛容さ、なんの予備知識もない者も引き込んでしまう充実したコンテンツ──『水生昆虫アルバム』は、私が本に求める要素をすべて備えている。

 自然の川に立ったことが片手で数えるほどしかない私は、まだこの本の内容をすべて理解できているわけではない。しかし、これから私を待っているであろうフライフィッシングの体験のなかで、こういうことだったのかと、ひらめくときが何度も来る予感がする。ページ上に表現された二次元の世界を、リアルなものとして体感したり、共感したり、またそれとはちがった視点を持つこともあるだろう。ひとつの指標として、思い立ったときに好きなページを開きたいと思う。