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■『釣り友だち』編集後記
見たことがない「フライフィッシング的風景」を追い求めつづける人 ──これはただの小説ではなく、フライフィッシング小説デス。 黒石真宏さんがこの本の原稿を最初に見せてくださったのは、三年ほど前になる。そのときの原稿は、メモ書きの羅列のような状態だったが、なにかだいじなことを言いたいという情熱は伝わってきた。それから卓球の試合のごとくすばやい原稿のやりとりが始まった、と言いたいところだが、実際は、途中に『バンブーロッドのいま』の編集が入ったこともあり、すばやく打ち返すのは黒石さんだけだった。 黒石さんは、1982年に創刊された『フライフィッシング・ジャーナル(FFJ)』という同人誌に参加し、フライフィッシングをテーマにした文章を書き始めた。その後、家業の精肉店を営むかたわら、1987年に中沢孝さんが創刊した『フライの雑誌』にも参加し、ユニークな記事をいくつも書いた(このあたりのことは『フライロッドを片手に雑誌をつくった』に詳しい)。 そして1995年には、12篇の短編からなる単行本『フライフィッシングの一年』(フライの雑誌社)を書き下ろした。この本で黒石さんは、実際の体験をもとにしたエッセイだけでなく、フィクション小説も書いた。たとえば、「風太郎が来た日」という短編は、接近する台風と会話しながら芦ノ湖へ釣りに行くという大胆な設定だ(にもかかわらず、なぜかリアルに読める)。黒石さんは、子どものころ誰もが経験したはずの、ありえないことを密かに想像して面白がるというゾクゾクする遊びを、大人になってからも忘れずにいたのだろう。 そうして黒石さんは、フライフィッシングの体験を通して感じたことをフィクションとして表現する面白さを知った。 しかしその後、黒石さんはフィクションという手法から離れ、通いこんでいた山梨県の忍野の水生昆虫と鱒たちの営みを詳細に記録した単行本『サイトフィッシングの戦術』(小川博彦さん、森村義博さんとの共著/2000年/つり人社)を書いた。この本で黒石さんは、膨大な時間を費やし、現実に起こる出来事を観察することに徹した。 黒石さんは、専業のライターではなかったが、それからも数多くのフライフィッシングの記事をさまざまなメディアに書いた。しかし、そうした仕事にやがて行き詰まる。自分はフライフィッシングが大好きだ。だからフライフィッシングをテーマにした文章を書きたい。そうして始めたライター稼業だったが、振り返ってみると、自分は人が知らないことを知っている、人よりもむずかしい釣りができる、といったことをアピールしたいという気持ちもたしかにあった。趣味の世界で、そんな競争じみたことをするのがいやになった。 それに、忍野はあまりに馴染みすぎ、釣る前から、今日はあそこでこんなハッチが起きて、このくらいの魚が釣れるだろうということがわかってしまい、新鮮な歓びを感じることができなくなってもいたから、忍野のクロマダラの釣りについて書いてくれといった原稿の依頼が来ても、書く意欲がなくなってきてしまったという。 1973年頃にフライフィッシングを始めた黒石さんにとって、それは古女房のような存在になり、もはや未知の体験はそうそうできないのではないかと感じていた。しかし50歳を目前にして、見たことがない「フライフィッシング的風景」にふたたび出会ってみたい、と強く思った。その衝動が『釣り友だち』を書くきっかけになった。 見たことがないもの、意外なもの、自分から遠いもの。そういうものに出会ったとき、人はいきいきとする。 実際、エキゾチックなものを求める旅のアンテナとして、フライフィッシングはピッタリだ(が、情報があふれているように見えるいま、追体験ばかりを求めがちだ)。 そんな「フライフィッシング的風景」を自分でつくることはできないか。黒石さんはそう思った。 北米、南米、ニュージーランドなどの釣りを描いた紀行文はよくあるが、西アジアの釣りを描いたものはほとんどないことから、物語の舞台は決まった。 また、この本を書くもうひとつのきっかけになったのは、イラク戦争(2003年〜)だったという。イラク戦争が開戦となった日の翌日、いつものように忍野に釣りに行った黒石さんは、いまこのとき、自分とおなじ人間たちが遠い国でおおぜい戦渦に巻き込まれているのに、自分たちはこうして釣りを楽しんでいるということに、この世界の不可思議さを感じたという。 黒石さんがもうひとつ気にしていたのは、クロアチアのガツカ川だった。ガツカ川は知る人ぞ知る鱒釣り場だったが、1991年からのユーゴスラビアとの四年におよぶ紛争を経てからは、その釣り情報は聞こえてこなくなっていた。しばらくして、紛争後のガツカ川へ釣りに行ったという紀行文がある雑誌に載った。ガツカ川はいまどうなっているのか。黒石さんは興味津々で読んだが、しかしそこには、養殖魚が多く釣り場としての魅力は復活していない、といったことしか書かれていなかった。そのとき黒石さんは、われわれフライフィッシャーマンは、こうしたことに、独自の視点でもっとなにか言えるのではないか、と思ったという。 黒石さんは、このようにものごとを俯瞰して見ることができる独特の観察力を持っている。 そしてふたたびフィクションという手法を採用した黒石さんは、その観察力と想像力をめいっぱい発揮し、この『釣り友だち』を書き上げた。 『釣り友だち』の主人公のトオルは、釣りライターで食っていきたいと思っているが、黒石さんもかつてそう思ったことがあるという。この本には、黒石さんの少年期から青年期にかけてのそういったさまざまな記憶が織り込まれているにちがいない。同時にいまの時代を俯瞰してもいる。だから、読み終えたときに、自分の記憶が掘り起こされたような不思議な懐かしさと、新しさを感じるのだろう。 もうひとつ、黒石さんの文章から感じられるのは、どこかファンタジックな友情への憧れだ。それが『釣り友だち』というタイトルの由来でもある。 黒石さんは寡作だが、こうして「フライフィッシング小説」という独自のジャンルを切り開きつつある。 2008年10月 渡渉舎/倉茂 学 |
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